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司町二丁目町会長  今井 光雄 氏(いまい みつお)令和2年1月就任

 司町二丁目町会は、一八通りを挟んで南北に、外堀通りを挟んで東西に広がる町会です。域内には千代田小学校(神田さくら館)や神田公園出張所があります。

 今回は今井光雄町会長にインタビューをお受けいただきました。
 責任感が強く、地域からの信頼も厚い今井町会長。お話からは粋な神田っ子の気風を感じます。
(インタビュー実施日 令和2年10月23日)

会長のプロフィールをお聞きしました。

 神田生まれ、神田育ちです。大学卒業後、神田で製本業を営んでいました。3年ほど前に仕事を引退し、令和2年の1月に町会長に就任しました。

学生時代のエピソードを教えてください。

 明治大学商学部の古川栄一先生のゼミで、アメリカ経営学を専攻していました。実は僕はゼミ長を務めていたんです。ゼミの同期にはその年の商学部の総代を務めた友人もいたのですが、彼の指名で僕がゼミ長になりました。だから未だに「俺はあの時の明治の一番なんだ」って冗談で言っています(笑)
 この写真は論文発表のために神津島で合宿したときのものです。結構恰好よかったでしょ?(笑)


いちばん右が若き日の今井会長。イケメンです...!

―学生時代のご友人とはまだ交流があるのですか?
 ゼミ生の仲がとても良いのが自慢のひとつです。卒業して50年経ちますが、未だに一緒にゴルフに行ったり飲みに行ったりしています。旅行にもよく行っていて、企画すると9割近い同期が参加してくれます。旅行先はそれぞれのゼミ生の出身地から決めているんです。幹事が仙台出身だったら仙台とか。その前が奈良の桜井市で会って、飛鳥だとかあの辺ぐるっと回って。去年が静岡の清水出身の同期の企画で、清水や登呂遺跡を巡りました。

―やはりご自分たちの役割を持ち回っているから続くということでしょうか。
 それはあるでしょうね。今年は卒業してちょうど50年で、宇都宮出身の同期が旅行を企画してくれていたのですが、コロナ禍でキャンセルすることになってしまいました。残念ですが、来年行こうということで楽しみに準備しています。

町会活動に本格的に参加するようになったのはいつからですか?

 はっきり言ってしまうと、町会長になった今年からです(笑)その前は仕事ばかりで、行事の時に単発で手伝うような形でした。大井前町会長が5期10年務められましたが、まさか僕が後任になるとは思っていなかったですね。

―神田祭の思い出などはありますか?
 お祭の時は、うちに仕事用のフォークリフトがあったので御神輿の引取りと納めは全部やっていました。その日ばかりは仕事はちょっとやりくりして。以前は御神輿の運び出しは人力でやっていたんですよ。大人の男が10人くらい集まってみんなでうーって言いながら。それが大変そうだったので、うちのフォークリフトを使って運び出すようになったんです。そうしたら他の町会さんから「あれいいな〜」なんて羨ましがられました(笑)

―町会活動で大変なことはありましたか?
 日々の仕事は行事等の準備から原資の確保など、地道なものもありますが、他の役員メンバーの協力でこなすことができています。
 町会長になると必然的に他の役員のところに行く機会が多くなりますが、てきぱき対応してくれる役員には本当に助けられています。

―司町二丁目町会さんは特に役員さんのチームワークが良いイメージがあります。
 実は今回のインタビューをお受けしたのも、当町会のHP担当者の影響なんです。彼女はホームページ関連に限らず、町会のイベントごとの手配など、いつでも気持ちよくキビキビ動いてくれるので、心強いんですよ。彼女を見て、僕もキビキビ行動しないといけないと思ってこのインタビューをお受けしました。

会長が大切にしているものを教えてください。

 仕事を引退するときに取引先からいただいた寄せ書きです。40代から50代の頃は本当に仕事が忙しくて、365日中360日働いているような状態。あともう一人自分が欲しいところでした。この寄せ書きをくれたのは版元だったとある建築関係の学会さん。



会長の宝物だという版元さんからの寄せ書き。特別に見せてくださいました。

―当時は技術革新が盛んで、出版物も日々アップデートされていた時代ですよね。
 そうなんです。当時は世の中全体が活字に飢えていましたから。とりわけ業界専門の機関紙となるとインターネットでは十分な情報を得られない分野ですから、出版物の需要は非常に高かったですね。災害があると記事の構成がガラっと変わったりして、そういうのを差替え、なんていうことになると他の仕事を仲間に振って、もう日曜日も返上で働きましたね。

―何かやると決めたら徹底的に頑張る、というご性分なのですね。
 もうほとんど病気ですよ(笑)無理な納期も、取引先から要請があれば「はい分かりました。何とかしましょう」ってやってしまうんです。同業者に聞いても、そこまでやっている仲間はいなかったですね。いい加減にやればいいのかもしれないけど…でも僕はやっぱりいい加減な仕事はできなかったですね。

―寄せ書きの色紙からも、会長への厚い信頼が伝わってきます。
 この寄せ書きは僕の棺桶に入れてもらいたいくらいの宝物なんです(笑)仕事を辞める時に版元の方が会合を開いてくれて。歴代の編集長2〜3人と、その時に編集に携わった人たちが何人も来てくれたんです。本当に、僕が50年も60年もやっていた仕事に対してのご苦労様という気持ちが滲んでいただいてね。今までやってきてよかったなと思いました。

町会のご自慢を教えてください。

 『司二かわら版』です。当町会で年に数回、街の近況やお店の紹介をしているんです。なかなかこのペースで刊行している町会は他にはないと思います。でも街の情報は日々更新されていきますから、生きた情報を発信することは大切だと思っています。既に役員と話し合って、次号の構成も練っているところです。『司二かわら版』は町会員の方に配布するとともに『大好き神田』の町会ページやFacebookにも掲載しております。ぜひご覧ください。

↓司町二丁目町会HPはこちら↓
http://www.daisuki-kanda.com/guide/association/tukasa2/

↓大好き神田Facebookページはこちら↓
https://www.facebook.com/daisukikanda

プライベートで熱中していることを教えてください。

 今は朝のウォーキングですね。今日も15000歩ほど歩いてきました。定番のコースは、家から出て淡路町から靖国通りを通って千鳥ヶ淵。千鳥ヶ淵から皇居を一周して、日比谷公園で休憩しながらその日の行動のアウトラインを決めるんです。

―僕も健康のために朝のランニングをしているのですが、朝の都心って気持ちいいですよね。
 そうそう。人がいなくて空気が澄んでてね。浅草方面に足を伸ばすと、7時くらいからやっている塩パンの美味しいお店があるんです。そこで娘や孫のお土産を買ったりして。そういう目的があると歩いていても全然違いますね。たまには少し生活スタイルを変えて「都心を楽しむ」っていうのも良いものですよね。
 で、帰り道でマスクのごみとかタバコの吸い殻とかが落ちていたのを見ちゃうともうだめなんですよね。戻ってきた後に町内のお掃除。大体1時間くらいやるとエコバックがいっぱいになるくらいにはごみが集まりますね。

神田の若い方に一言お願いします。

 僕だってまだ若いから(笑)
 人に優しく、自分にも優しく。まだまだこれから楽しみますよ。

―流石です。町会長方とお付き合いしていると「まだまだ神田を謳歌するぞ」という心意気をいつも感じます。行く末を案じながらも 「この先お前らはどうするんだ。俺たちが死んだ後は知らねえよ。でも生きている間は飲み倒してやる」っていうような神田っ子の心意気を感じます。
 神田にはそういう気風が流れているかもしれないですね。町会長どうしも交流がありますが、青年部どうしも仲が良いみたいです。その世代の仲が良いなら神田の先々は大丈夫。僕も町会長の間にレールをきちんと引いて、次の世代がスムーズに運営できるようにしてからパスしたいですね。それまでは責任をもってやりますよ。

―みんながそれぞれの役割を果たしているという状態が理想的ですよね。
 そうですね。役職どうこうではなくて、役割を果たすという方が大事だと思います。それぞれが自分のできるときに自分のできることをやる。とにかくそんな人間模様を見ながら、これからも神田を楽しんでいきます。

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