千代田区・神田公園地区連合町会のサイトです。

時代と共に進化し続ける水着製作
  ミズノ株式会社 木水氏、大久保 氏(小川町三丁目)

今回は神田小川町3丁目にある日本を代表するスポーツメーカー、ミズノ株式会社にお邪魔し、前回東京オリンピックで着用された競泳用水着を拝見するとともにその進化の歴史などを伺いました。


1964年東京オリンピックの水着

 ミズノでは、1964年の東京オリンピックにおいて競泳用水着の提供をしています。そして、この時にナイロン100%のニット素材(タテ、ヨコの糸で構成される“織物”とは異なり、ループを作りながら編んだもの)を採用しています。それまでは別の素材で作っていましたが、このニット素材にしたことによって、多少伸縮性がある水着が出来たわけです。ただし、この当時の技術では、横方向には伸縮性はあるものの、縦方向には伸びにくいという素材でした。
 使用されていたロゴマークは「RKミズノ」というもので、現在のものと異なるデザインです。(このRKというのは、創業者である水野利八氏(RIHACHI)と二代目の水野健次郎氏(KENJIRO)のイニシャルから取られたものだそうです。)


<参考資料@>お見せいただいた水着とそのロゴマーク
※黒色が1964年の東京オリンピック、青色が1968年のメキシコオリンピックで使用された。

 そしてもう一つ、青い方が4年後のメキシコオリンピックで使用された水着になります。こちらも同じロゴを使用しています。東京オリンピックの時と比べると素材感はほぼ同じですが、一部の生地が二重構造になっていたり、背中の空き具合が大きくなっていたりという変化が見られます。この4年間でも微妙に形の研究が進んでいることが分かります。詳しい資料などは無いのですが、おそらくこの頃は動きやすさなどを重視して水着のデザインをしていたのだと考えられます。


<参考資料A>背中の空き具合の違い

Q.オリンピックの水泳競技に水着を提供されたのは1964年が初めてですか?
 水着の販売自体は1924年頃にはしているので、1964年以前から提供はあったのかもしれませんが、戦前の話になっちゃうので記録が残ってないんです。
 ちなみにミズノの創業は1906年です。当時は野球の用具(ユニフォームなど)を取り扱っていたようです。ちなみにオリンピックに初めて関わったのが1924年のパリ大会ということは分かっています。

Q.1964年の東京オリンピックでは水泳以外の競技への関わりはあったのでしょうか?
 調べたところ、「1964年の第18回東京大会では、聖火リレーのランナーのユニフォーム、日本選手団の公式ウォームアップスーツなど約20万の製品を納入」ということでしたが、具体的な競技団体ごとの対応までは分かりませんでした。

競泳用水着の進化の過程〜水中での抵抗を減らす〜

 1964年の東京オリンピックでナイロン素材の水着を使い、その後1976年の頃にポリウレタンという素材が使われるようになりました。これによって水着の縦横の伸縮性が一段と良くなりまして、これが今の水着の原型となりました。そしてここから科学技術の進化に伴い“水中における抵抗との戦い”が始まります。



<参考資料B及びC>水着の形の変遷
※1969年から2006年の間はスピード社からライセンスを受けてミズノが製造・国内販売を行っていました。


『表面摩擦抵抗との戦い』
 最初は「表面摩擦抵抗」と言って、水着と水が触れ合った時の抵抗をいかに少なくするかという発想のもと、素材の開発や水着の形の工夫などが行われました。
 具体的には、極細の繊維でできた糸を高密度に編むことで、生地の表面を平滑にしました。さらにカッティングを大胆にして水着の面積を減らしたり、熱プレスによって表面をつるつるにしたり、生地表面に撥水性のある部分とない部分を水の流れの方向にストライプ状に組み合わせて、泳ぐ際に発生する水流を調整したりするなどの工夫が施されました。
 このようにしてとにかく“表面の形状を工夫する”という発想でやってきたのが1988年頃から2007年頃までです。ちなみに2000年のシドニーオリンピックの時に選手が全身を覆う水着を着用していましたが、あれは“人間の皮膚よりも水着の方が抵抗が少ない”ということが理由なんです。

『高速水着を発端にした水着のルール改正』
 2010年に水着に関するルール改正がありました。なぜ改正があったかというと、2008年の北京オリンピックの時にいわゆる「高速水着」というものが出てきまして、この水着を着用した選手たちが次々と世界記録を出したんです。
 高速水着はウェットスーツのように水を通さないラバー素材やフィルムをパネルのように貼り付けたものでした。これらの水着は空気をため込んで、浮力が発生すると考えられ、禁止されることになりました。
 加えて価格が高かったり、着用の効果が薄い選手もいたりして、不公平な感じもあったんです。それで国際水泳連盟の方でその水着はダメだとルールを改正して、水着の素材は“布地”しか使えないことになって、水着の形も男性は“臍(へそ)から膝まで”、女性は“肩から膝まで”と制限されることになったんです。

『形状抵抗との戦い』
 このルール改正があってから、素材の改良は勿論ですが、今度は“形状抵抗を減らす”という方向にシフトしていきます。この“形状”というのは水中における選手の姿勢のことです。トップスイマーがなぜ早いかというと、水中で体が一直線になっていて、水の抵抗が少ない“効率の良い泳ぎ”が出来るからなんです。
 ミズノでは「フラットな姿勢/フラットスイム」と言って、“水中での姿勢や体の形をより抵抗の少ない形に維持すること”を開発コンセプトに据えて新しいシリーズの水着をリリースし、2020年で10年目になります。


<参考資料D>フラットな姿勢/フラットスイムのイメージ

Q.ルール改正のきっかけとなった「高速水着」時代の記録がまだ世界記録ですか?
 一部を除いて記録はもう抜かれています。記録の更新を選手たちも我々メーカーも常に目指していますし、それ向けた努力が泳ぐ技術の向上に繋がっています。また、今の水着の方が動きやすかったりすることも記録更新の一因だと思っています。

※余談ですが、全身を覆うタイプの水着は、体を一回り小さくするぐらいの感じで着るものだった(非常に締め付けがきつかった)そうで、着脱も1人では出来ない程に大変だったそうです(巷の噂では“着るのに30分かかる”と言われるほどだったとか…)。

2020年東京オリンピックで使用されるミズノの水着

 2020年の1月からオリンピックで着用する水着を選手たちが使用し始めます。2010年のルール改正以降、既にメーカー各社において水着開発というのはかなりしつくされている感がありますが、今回ミズノでは素材を軽量化(水を含みづらい生地を使用して水中での重量を軽量化する)することを一番の狙いとして開発しました。
 具体的には水着に特別な撥水処理をすることで、(前作に比べ)水着が水を吸わないようにしたわけです。泳いでいる間にほとんど水が浸透しないことで、選手は泳いでいる時に軽さを感じてもらえるんだと思います。
 加えて男子の水着には腰から太ももにかけて(女子の場合はお腹の部分にも)フラット姿勢の維持をサポートする構造を採用しています。疲れてくると、いかにトップスイマーといえども下半身が落ちてくるので、それを少しでも防ぐために締め付けの強い生地で補強しているようなイメージです。
 水着のモデルも2種類、スプリンター(短距離用)とマルチレーサー(複数種目や長距離用)を用意していて、締め付け具合を変えています。
 そして選手ごとの部分微調整ということももちろんしています。水着を着て泳いでもらって、ヒアリングをして調整するということですね。こういったことが出来るのは本当に一部のトップスイマーだけですけどね。

※オリンピックに出場する選手はそれぞれに契約等しているメーカーの水着を着用するため、全員がミズノの水着を着用するわけではありませんのでご注意ください。ミズノの水着を着用するのは『ミズノの水泳チームに所属している選手』と『ミズノと水着着用の契約している選手』です。


<参考資料E>左がスプリンターモデル、右がマルチレーサーモデル

2020年東京オリンピックでは14競技をサポート

 今度の東京オリンピックでは、全部で33競技のうち14競技で日本代表のサポートをしています。具体的に言いますと、競技団体ごとに契約を結んでいまして、それぞれの競技における代表選手が着用する日の丸入りのユニフォームですとか、競技の前後に着るアウター等ですね、そういったものを一式用意するというものです。これについては素材からデザインまで、競技団体の意向を確認しながら準備をしています。
 ちなみにバレーボールの女子チームへはユニフォームだけでなくて、シューズなど一式のサポートをしています。また卓球のユニフォームでは女子はミズノですが、男子は別のメーカーです。男女混合ダブルスの場合、ユニフォームは同じものを着用しないといけないので、女子が男子のメーカーを着たり、男子がミズノのウェアを着たりっていうこともあると思います。
 こういったウェアに関しては代表選手が決まると、ナショナルトレーニングセンターに選手が集まるタイミングでお邪魔して、採寸をさせていただいて選手の体に合ったものをご用意するわけです。
 また、ウェアとは別に選手個人へのサポートというのもあります。サッカー選手や陸上選手でお話しすると分かりやすいかと思いますが、どのメーカーの靴を履くかは選手の自由となっていますので、それぞれの選手がベストのパフォーマンスを発揮していただくためのスポーツアイテムを提供するという関わりもしています。



<参考資料F>ミズノが日本代表をサポートする競技と種目
※選手個人へのサポートは含んでいません。

編集後記

 今回は大好き神田のホームページ担当者の一員である角谷さんの伝手で、歴史あるミズノさんへのインタビューが実現しました。
 今回のインタビューでは1964年当時の苦労話などのエピソードはお聞きできませんでしたが(当時の社員の方達は随分前に定年を迎えている年齢なので…)、スポーツメーカーがその時に持っている最高の技術を惜しみなく使って選手たちをサポートしていることがよく分かりました。
 今年の東京オリンピックでは選手たちの応援に加えて、着用しているユニフォームや靴などの用具類にも注目してみるのも良いかもしれません。スポーツ選手を支えるメーカーさんの陰ながらの努力に思いを馳せるという楽しみ方も出来るのではないでしょうか。
 結びに、オリンピックを控えてお忙しい中、お仕事の合間を縫ってインタビューをお受けくださったミズノ株式会社の木水さんと大久保さんにこの場をお借りして改めてお礼申し上げます。

 上部へ