JavaスクリプトをOFFにしているか、お使いのブラウザが対応していないためナビメニューを表示できません。



戻る
東京市神田尋常小学校

後の千代田区立神田小学校、そして現在の千代田区立千代田小学校の前身

二点の写真は、昭和2年3月の卒業記念アルバムより転載した。
この卒業アルバムをもらった子供達は大正4年の生まれである。
大正12年9月、関東大震災により東京が壊滅状態となった。
それより3年半ほど時間が経過しているがご覧のとおりの仮のバラック校舎である。
因に鉄筋コンクリート3階建ての新校舎は昭和4年11月に完成している。


この年、大型金融恐慌がはじまり区内の中小の銀行は壊滅状態となった。
また江戸時代より約300年の繁栄を誇った
「神田青物市場」は翌、昭和3年に秋葉原に移転している。
卒業生は男児組(60名)、男女組(62名)、女児組(61名)の3クラスで計183名であった。
学校全体では6学年で、約1000名の児童がいたことになる。


東京市一橋高等小学校

現在の千代田区立一橋中学校、来年(H17)からは千代田区立神田一橋中学校とか。

二点の写真は、昭和13年3月の卒業記念アルバムより転載した。
大正12年生まれの子供たちの時代である。

前年の7月7日、日中戦争が始まっている。
昭和16年の大平洋戦争の開戦へと続き、その忌わしき時代は
昭和20年8月の敗戦まで、さらに終戦後の苦難な時代へと至る。
朝礼であろうか・・・

時代を象徴する写真である。

「皇軍万歳」の垂れ幕が校舎に架かり

破れた「日の丸」を見上げる。







下の画像3点は
「国旗掲揚」「街頭清掃」「図書室」

この学年は1クラスが50名で13学級なので約650名。
全校では、おおよそ2000人の生徒が在籍していた。
戻る